お侍様 小劇場

   “一枚の写真” (お侍 番外編 32)
 


秋も深まり始めた とある某日。
季節外れの台風もどきが西の方から襲来し、
安穏としていた島田さんチが、久々に掻き回されてから数日が経って。

 「…おや。山科の征樹様からのお手紙が。」

いいお日和の中、庭いじりの狭間に郵便受けを覗いて来た七郎次が、
ダイレクトメールの束の間から、
潔い筆跡の手書きで宛て名が記された長封筒を抜き出して。
リビングにおわした御主の前へついと差し出した。
白い手の先に伏せられたお手紙へ、

 「まさかあらためての顛末報告とかいうのじゃああるまいな。」

ソファーにて新聞へと眸を通していた勘兵衛が、
彫の深い御面相を怪訝そうに顰めたのも無理はない。
先日やって来た須磨の良親殿の傍仕え、
如月という美貌の青年は、
この封書の差出人、征樹という男の弟であり。
小さい頃から3人でいつも行動していた、幼なじみ同士という間柄。

 「征樹様には頭が上がらない良親様だと伺っておりますし、
  きっとお戻りになられてから、
  こっちで何をしたのかを、洗いざらい聞かれたには違いないでしょうからね。」

喉元過ぎれば…ではないながら、
随分と動揺させられた様々を突きつけられはしたけれど、
結果としてどれほどの人たちに見守られているのかが判ったようなもの。
そんな逢瀬であったのだという納得の下、
一番心穏やかではなかったはずの七郎次が、
けろりと微笑ってそんな言いようをし、

 「ふむ…。」

だとすれば、相変わらず妙なところで律義な奴よと、
封を切った勘兵衛だったが。
引っ張り出した便箋の間から、はらりとすべり落ちたものがあり、

 「あ…。」

おっ母様のお手伝い、
こちらは家の中のお掃除の担当だったらしく、
ラグの埃取りにとコロコロローラーを使っていて、
ソファーの足元という至極至近な傍にいた久蔵が。
ちょうど眼前へ落ちて来たそれ、何の気なしに拾ったものの、

 「………っ。」

まじまじ見つめてから、
勘兵衛へは渡さずに…七郎次とそれとを見比べ始める。
眸を見張っての頬も染め、何だかちょっぴり興奮してもいるようで、

 「どしました?」

何をそんなに驚いておいでかと、
すぐ傍らまで歩み寄り、
次男坊と同じようにして座り込んだ七郎次だったけれど、

 「おや、これは懐かしい。」
 「どら。儂にも見せぬか。」

二人だけで示し合わせるように眺めていたのは、
パスケースサイズの写真が一枚。
縁があちこち、少ぉし擦り切れているのは、
アルバムに貼りっ放しじゃあなかったことを偲ばせて。
そこへとバストショットで写っていたのは、
今より少しほど幼い風貌の、七郎次ではないかいな。

 「高校生のころですね。制服を着ていますし、髪が肩までしかないし。」

もう十年も前のじゃあないですかと、
恥ずかしいものを暴かれたと言わんばかり、
少々苦笑している七郎次だったが、

「如月が持っておったものを送って来たらしいの。
 長らくお預かりしておりました、とある。」

手紙のほうに眸を通した勘兵衛がそうと告げれば、

 「そうでしたか。」

七郎次もまた、あらためてどこか感慨深げなお顔になった。
大学へと進学した折、駿河からこの家へと呼び招かれ、
そして木曽に出向いて久蔵と出逢って以降というもの。
そのまま…節季の集まりで駿河の宗家へ戻る以外は、
休みともなれば久蔵のところへばかり運んでいたものだから、

 『十年近くもこっちの、七郎次さんをずっとずっと独占してたくせにサ。』

この彼の気立ての優しいところにほだされていた和子は、
何も久蔵に限った話じゃあなく。
殊に、西の支家分家の顔触れは、
大人でない限り、
そうそう宗家へまで連れてってもらえるという機会も少なかったので、
七郎次の側から足を運んでくれなければ逢いようがなくて。

 「如月がの、
  いつもいつも“七郎次さんは?”と訊かれる役回りでおったらしいぞ?」
 「…今頃になって仰有いますか。」

他の和子様がたにそんな想いをさせていたなどと、
ちっとも知らなかったらしいところが、
自分の…人から好かれる優しい人性への自覚が相当に薄い彼らしくもあって。
もう少し自惚れてくれてもいいのにと、
これは勘兵衛のみならず、久蔵もまた、彼へと常々思ってやまないところ。
大人として、だとか、
勘兵衛や久蔵を支える存在としての自分へ自信がない訳でもないらしいのに。
何か起きればどんと来なさいと、てきぱき立ち回ってくれる頼りになる人だのに。
好かれているとか慕われているとか、そっち方面へはとんと自覚がないものだから、
気づかぬところで寂しい想いをする者を出している、
ある意味十分に罪な人…なのかもしれず。

 「……。」
 「? どしました?」

じいっと古い写真を見つめ続けていた久蔵としては、
別なことへも関心があるようで、

 「詰襟?」
 「え? …ああ、ええ。これって駿河の高校の制服なんですよ。
  勘兵衛様も通ってらした公立高校で。」

それほど厳格な学校でもなかったんですが、
それでも…真っ黒な制服の群れの中でのこの頭は目立ちましたよ?
勘兵衛様が
“実は祖母がフランス人の帰国子女なのだ”なんてお言いようで
学校の先生方を誤魔化して下さって…と。
当時の話を語った七郎次へ、

 「知らなかった…。」
 「それは仕方がありませんて。」

久蔵と知り合ったときには既に大学生だったのだ。
制服とはおサラバした後なので、
わざわざ言われでもしない限りは見せようもなく。
自分でも“仕方がない”と言いながら、
それでも…肩をすぼめて眉を下げ、
いかにも申し訳なさそうなお顔になってしまった七郎次だったのは。
すぐの間際というお隣りから じいとこちらを見遣った久蔵の眼差しが、
表情はあまり動かぬままながら、
赤い瞳の揺らぎようや潤みようから、
知らなんだことを酷く残念がっているそれだと判るから。

 「そういや、久蔵殿も中学では詰め襟だったんですよね。」
 「…。(頷)」

勿論、覚えておりますとも。
一番最初にお召しになられた折にも幸いに居合わせられましたしね。

 「襟がキツイとか、顎が擦れて痛いと言っては膨れておられた。」
 「〜〜〜。///////」

そうじゃなくってと、上目遣いになっての“きゅう〜ん”というお声。
うまく言えないことへ、ちょっぴり焦れておいでのときの声。

  どしました?
  アタシが詰襟着てたのが気になるので?
  ? そうじゃなくって?

自分でも、これは甘えだという自覚があるから、
だから余計に口が回らない彼であるらしく。
じいと見上げて来ていた目許が桜色に染まってのそれから、

 「……シチ、の知らぬこと、他にない?」
 「おや。」

どうやら、七郎次が詰襟を着ていたこと…ではなく、
自分がそれを全く知らなかったのが口惜しかったのであるらしい。

 「如月も島田も、これを知ってた。」
 「う〜ん、それは…。」

如月殿はともかく、
勘兵衛は駿河の宗家が実家だったのだからして、
そこへと引き取られた七郎次に関してのあれこれ、
何でも一番知っていて当然だろうにね。
おっ母様を挟んだ向こう側、
呑気に手紙を読んでいる壮年殿の横顔を、
恨めしげに見やった次男坊の視線は結構鋭く。
勘兵衛の側でもどうやら薄々気づいているのだろうに、
故意にだろう素知らぬ顔で気づかぬ振りをしておいでで。

 “…何と言いますか。/////////”

こういうときに感じるのが、
日頃はそうでもない筈だのに、
久蔵が相手となると大人げない素振りもなさる、
意外なほどの御主の子供っぽさで。

 “まま、茶目っ気があるのは悪いことじゃあないですし♪”

気が若いのは大いに結構と、くすすと微笑った七郎次、

 「アタシの側からなら、久蔵殿のこと何ぁんでも知ってるんですけれどもね。」

それじゃあいけませんか?と、
不意にそんなことを言い出したものだから、

 「……?」

どういう意味かしらんと紅の眸をしばたたかせた久蔵へ、
少しばかり身を乗り出すと、ずいとお顔を近づけて、

 「久蔵殿も知らないことまで知ってますよ?」
 「???」
 「そう、例えば…。」

えっとと、どこかわざとらしくも口元へ人差し指の先を当てて見せてから、

 「背中にホクロが幾つあるかとか。」
 「…っ?////////」
 「背骨に沿った真ん中のくぼみの終わりのところにネ、
  オリオン座の3つ星みたいに並んでるの、知ってました?」

色白でお綺麗な背中だし、
丁度腰骨の高さにかかるところなので、
タオルを巻いてしまうとなかなか気がつきにくいのですが、と。
自分しか知らぬものに間違いなかろうとの言いようをされて、

 「〜〜〜。/////////」

あわわと真っ赤になったのが、何ともまあ可愛いったらなく。
肩をすぼめてたちまち泡を食ってしまった久蔵の様子を、
ご自分の視野の端に引っかけて。
微笑ましいことよとやっぱり口許ほころばせておいでだった誰か様へも、

 「そういや勘兵衛様も。」

こそり、七郎次の声が彼にだけ届いて。

 「かいがら骨の陰に、
  まるで小さな字を綴ったような、
  小指の先くらいの小さな痣がおありなの御存知ですか?」
 「なに?」
 「大奥様が“生まれたころからあるのよ”って仰せでしたよ?」

他にも色々、知っておりますことですよと、
くすすと微笑って、さあお茶にしましょうかと立ち上がったおっ母様。


  「………。」
  「………。」


いやあの、ホクロや痣くらいならいいんですが、

 “…もしかして寝相とか寝言とか。
  自分でも気づかないといえば、知らぬ間に鼾とかかいてたりするのかも?”

そんなものをシチに聞かれてたなんて恥ずかしいと片やが固まれば、

 “寝言と言えば…仕事相手の女社長の名前とか、口にしちゃあいなかろな。”

疚しい覚えなんて欠片ほどもないのだけれど、
それでも気づかぬうちに心痛とか与えてはいなかろかと。
今頃異様に難しいお顔になってたりする誰か様だったりもし。

 “…おやおや。”

言ってみただけだってのにこの反応。
まったくもうもうウチの男どもはと、思ったかどうか。
キッチンにて気配を伺っていたおっ母様としては、
声をこらえての苦笑が絶えない、秋の午後だったそうでございます♪





   〜どさくさ・どっとはらい〜  08.10.22.

   *追記。『若竹の如く』という拍手お礼SS、衣更えの話の中、
    シチさんがカンベエ様のお下がりの詰襟を…というくだりがあり、
    そこで初めてキュウさんも
    シチさんが詰襟を着ていたのを知ったという展開になってますね。
    すいません、あれはただ話を聞いただけだったんで、
    キュウさんの意識が理解を受け付けてなかったということで…。(苦)




  *枝番ではお騒がせしたようで、どうもすみませんでした。
   痛いお話は苦手と日頃から言っておきながら、
   何とも切ない展開の代物を書き、
   七郎次さんを始めとする登場人物の方々にも、
   傷つけたのみならず、少々意地の悪い言動をさせたりで、
   過分に辛い想いをさせてしまいましたものね。
   というわけで、こちらが本筋の後日談。
   結構のほほんとしたおっ母様っぷりが復活しておりますので、
   どなた様もどうかご安心をvv

  *ああまでの大騒ぎにしなくとも、
   シチさんを当代様に迎えて諏訪の家を再興したらしたで、
   勘兵衛様が週末に必ず立ち寄ることになるだけの話かも知れません。
   鄙びた寒村で、ちょっと目にはそうは見えない小粋な寮を建て、
   生け花の先生としての看板を形だけ出していて。
   勘兵衛様が務めの通達を携えて訪のえば、
   桧の香も馨しいお風呂に入っていただいて、
   真心尽くした手料理食べていただいて、月曜までの骨休め。

   「ところで勘兵衛さま、お務めのお話は?」
   「そのようなもの、佑筆(秘書)に任せておればよい。それよりも♪」
   「あ…、なりませぬ。///////」
   「もそっと近こう。シチ…。」(こらこらこら)

   それはそれとして、(それって…)
   表向きの肩書としている商社のお勤めがおろそかになったらコトですが。
   その前に、シチさんが支えないで日常生活出来るんだろうか、あのお人。


  *ところで、妙に気に入っていただけているのが、
   良親殿と征樹殿というオリキャラの二人でして。
   大戦捏造噺に於ける隊士として、
   どうしても固定キャラが要るなぁと思って出したお人たちでしたが、
   可愛がっていただけているようなのでと、
   お調子に乗ってこっちにも顔を出させてしまいました。

   ちなみに、実は設定も もうちょっと考えてまして。
   須磨の良親殿の実家は、造り酒屋が発展した酒造会社を経営していて、
   征樹殿は山科でその支店を任されておいで。
   伏見の近所なので苦戦中だったりしてな。
(笑)
   (こちらの実家の本業は、如月さんが後継者となりそうです。)

   年相応の物言いをしているだけなのだけれど、
   何しろ幹部格のお方がたですんで、
   近従の方々には笑うに笑えない会話も多いに違いなく。
   そんな二人で漫才を……とご所望があったので、
   拙いながら、一席。

   『関西の青少年の何でもない会話は、
    時として吉本の若手のしゃべくりに聞こえる不思議の巻』

   「ここんとこの食品関係が、また物騒なンは頭が痛いことやなあ。
    汚染米騒ぎは酒の評判にも影響出とおし。」
   「輸入もんも 相変わらずえらいこっちゃで。」
   「農薬どころか、禁止薬品まで入っとったいうのんは、
    商いだけをしとお企業には ホンマ洒落にならんわな。」
   「メラニン? メラミンやったかいな?」
   「なんや風呂桶に書いたある名前みたいやな。」
   「アホ、それは“ケロ○ン”ゆうて頭痛の薬や。ンしか合うとらんわ。」
   「せやったせやった、置き薬で見たことあんで。」
    *ここから伸びやかな声でのテーマソングの唱和や、
     おまけの紙風船をもらった話へと大きに脱線したので割愛。
   「あれて、昔、ワインになんや入っとって話題になった事件と似てへんか?」
   「ジエチレン・グリコールやな?」
   「そうそうそれや。」
   「これ思い出すのんに、
    某少女漫画引っ張り出しとお誰かさんには笑ろたけどな。」
(美貌の果実…)
   「そない言うたりな。管理人はんも、ええトシなんやし。」
    (…ほっとけ#)
←あ
   「それに異物混入では、実害受けたことあるんやて。」
   「ほぉ〜?」
   「何でも、買うたアソートチョコの箱の中に、蛾ぁがおったらしてな。」
   「…蛾?」
   「後で判ったんが、中のアーモンドに卵ぉ産みつけられとったらして、
    それが製造過程やら、流通ラインやら通過しとぉ内にどんどん育って。」
   「お客さんの手ぇに渡ると同時に孵化したてか?」(実話です・泣)
   「せや。こわい話やろ。」
   「ほほぉ。けど、そんで嫌いになったワケやないんやろ?」
   「? チョコレートは相変わらず食うてはるえ??」
   「ちゃうちゃう、蛾ぁや蛾。それが原因で嫌いなんとちゃうんやろ?」
   「……せやったら食べず嫌いちゃうらしな いうオチやったら やめたりな?」
   「せやな、ただでさえ青虫毛虫、苦手にしとおすし。」


   あああ、あんまり笑えないネタですいませんです。
   給食のプリンにカエルが入ってたニュースを読んだキャスターのお姉さんが、
   『それでカエルが嫌いになったら気の毒ですね』と
   お茶目なコメントしたのがどうしても忘れられなくて。
   (普通は“プリンが嫌いになったら…”でしょうがと突っ込まれていた。)

   こんなベッタベタなやりとりを、
   ネルケのミュージカルにだって出ていそうな、
   松潤やウェンツばりのしゅっとした
(…)風貌をした美丈夫二人で
   時々 手の甲で相手の胸元はたきつつ延々と交わしていたらば、
   他の土地の人からすれば違和感満開なんでしょうね。
   (Kinki−kidsや関ジャニで、多少は免疫ついてるかな?)
   真面目な話のつもりであれ、そうは聞こえないかもで。
   つか、普通の会話でも関西弁だとお笑いに聞こえるそうですね。
   天神橋筋界隈はお笑いの宝庫だな、それじゃあ。
(う〜ん)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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